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人生のサプリメント【紅玉版】 ─ 蔵書より、今日のワンフレーズ
   
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2016年10月16日

ゲテモノとホンモノは紙一重

 
思うままに生きる 100歳の言葉」(日野原重明/PHP研究所)より


『いまのあなたの絵は

 ゲテモノに違いないけれど、

 ゲテモノとホンモノの差は

 紙一重です。』(p95)




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 画家の故・片岡球子さんは、

 富士山の絵を描き続けたことで知られるそうです。



 実はその名を私は知りませんでしたので、

 googleで画像を検索してみたところ……

 なるほど確かに、極めて独特であり、

 そして非常に力強いタッチと感じられます。



 もちろん、単に独特なだけでは、

 画家として大成しなかった可能性が高いでしょう。

 独特な上で――画風以上に生き様として、

 パワフルに突き抜けたからこそ道が拓けた。

 そのように思えてなりません。

『「もうお前いいよ」と富士山が言ってくれるまで描き続けます。』(p94)
『明治三十八年(一九〇五)一月五日に生まれた球子...その強烈な個性の絵は「ゲテモノ」と評価され、本人もずいぶんと悩む。
 師匠の小林古径に教えを乞うと、
「いまのあなたの絵はゲテモノに違いないけれど、ゲテモノとホンモノの差は紙一重です 。画風を変えてはいけない」と励まされる。...
 飽くことを知らない執念の取り組みで...私は私の絵を描く、といいつづけた生涯は二〇〇八年(平成二十)一月十六日、百三歳で閉じられた。』(p95)


 へんな例えですが、

 クサヤやシュールストレミングなども、

 その臭さで突き抜けているがゆえに、

 熱狂的な愛好者が存在しているのです。  



 「ゲテモノ」であるということは、

 少なくとも「ニセモノ」ではない、

 ということでもあります。

 

 そこから「ホンモノ」として昇華するかどうかは、

 まさに紙一重にも似た壁を抜けられるかどうか――

 ただその一点にかかっているのでしょうね。






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思うままに生きる 100歳の言葉

日野原重明 PHP研究所 2015-06-12
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年10月15日

旅をするのは、到着するためでなく、旅をするため

 
あなたの才能をお金にかえる49の言葉 』(本田健/PHP研究所)より


『人が旅をするのは、

 到着するためではなく、

 旅をするためである。』(p45)




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 「旅とは、新しい景色を探すことではない。

  新しいものの見方を持つことである」

 フレーズはゲーテの言葉ですが、

 こちらはマルセル・プルーストのものといわれます。



 その旅路がどうであったかにかかわらず、

 きちんと無事に帰りつけたのなら、

 そこには必ず、なにか得られた知見があるはずです。 



 なぜなら旅には、

 普段の身の回りとは異なる体験があり、

 大なり小なり異なる文化・価値観との遭遇があるから。

 

 もちろん自らにとっては、

 決して肌に馴染むものばかりではありません。

 だからといって、それらをすべて切り捨てて、

 “目的地”に着くことだけを価値にしてしまうのなら。



 その旅路をふり返ったとき、

 味気も厚みも感じられなくなることでしょう。

『今、大成功している人も、これまで連戦連勝してきたわけではありません。
 どちらかというと、四勝三敗一引き分けのような感じで来ています。...
 大会社のサラリーマンでも、今社長になっている人の多くは、若い頃、二、三回、出世コースから外れています。子会社に飛ばされたり、海外のへき地に左遷されて、そこで頑張ってカムバックを果たしているのです。』(p44)
『たとえば料理の世界では、毎日地道な仕込みをやったり、アスリートなら、同じ基本練習を繰り返します。...
 そう考えると、目的地を目指して景色を見ないのではなく、途中の道のりを楽しむことのほうが大事なことがわかってきます。』(p45)


 「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山

  元の姿は変わらざりけり」

 山岡鉄舟の呼んだ歌です。



 目的地があることは、もちろん大切なことです。

 が、たとえ今は五里霧中で、富士どころか数歩先も見えず、

 どこにもたどり着ける気がしなくなりそうだとしても。



 「大丈夫。辿り着く場所は決して逃げないから」

 と、その状況すらも旅路のうちとして、

 味わい微笑む余裕を、常に持っていたいものでもあり。



 あるいは、その余裕を内に育て上げることこそが、

 ひとつの大きな富士の山、目的地と見据えて、
 
 歩むこともできるのではないでしょうか。


 

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あなたの才能をお金にかえる49の言葉 (PHP文庫)

本田健 PHP研究所 2016-04-29
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年10月14日

下品とは謙虚な思いやりがないこと

 

上品な人、下品な人 」(山崎武也/PHP研究所)より


『下品とは

 人への謙虚な思いやりがないこと』(p112)




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 上品であるということは、丁寧とか礼儀正しいこと、

 と、私たちは考えがちかもしれません。

 

 もちろん丁寧さや礼儀正しさは、

 確かにそれ自体、他者への配慮ではあります。



 ただ、あくまでそれは「表現“手段“」。

 いわば、心を表わすひとつの道具のようなもの、

 に過ぎません。



 道具は使い方一つで、人を利すこともできれば、

 人を害することもできるものです。



 その決め手、境界線となるのが、

 今日のフレーズが指す「思いやり」なのでしょう。

『茶道の作法...その一つは、つくばいにおける柄杓の扱い方...。
 つくばいの上には柄杓がおいてあるが、それは知恵を絞り美的センスをフルに発揮して、最も使いやすくて最も美しいかたちに置いてある。したがって、まずその置き方を鑑賞し、その造形美を頭の中に覚えておく...使い終わった後は、元の美しいかたちをできるだけ忠実に「再現」するべく努力するのだ。
 ...柄杓の扱い方一つを見るだけで、その人の茶道に対する精進の度合いが如実にわかる。ひいては、人生を素直に生きている、人びとの配慮に対して感謝し、それを台無しにすることのないようにしようとしているかどうかも、はっきりと見えてくる。』(p112)
ほかの人たちの心情に対する配慮のない振る舞いは、一見したところ身のこなしが優雅であり、ものの扱い方が優美であったとしても、下品と決めつけられても仕方がない。人の心を理解し、それに対して相手が喜ぶような応え方をしていくのが、上品な振る舞いである。』(p113)


 柄杓の例を借りれば、

 「誰かがそこに、そのように置いたのだ」

 という、客観的な自明の理を拾い上げ、

 「自分なら、どう使い、置くとよいのだろう」

 という、主観に投影して最善を模索する――

 いずれも想像力(創造力)に端を発するものです。



 誰もが、100%いつでも相手の期待に応えられる、

 というわけでは、もちろんありません。



 ただ、その場の自分における“最善”なら、

 選び取れる余地はある――



 その心づもりで心尽くすのもまた、

 謙虚という言葉の意味なのではないでしょうか。







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上品な人、下品な人 (PHP新書)

山崎武也 PHP研究所 2005-12
by ヨメレバ

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2016年10月13日

掛け持ちで自分にとっての本物が見えてくる


武道の心で毎日を生きる」(宇城憲治/サンマーク出版)より


掛け持ちすることで、

 自分にとっての「本物」が

 見えてきます。』(p95)




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 「やりたいことは何でも挑戦してみなさい」

 ……ただし、もちろん法や人道を侵さない範囲でですが。

 ともあれ、進路に迷う学生や若い後輩などに、

 そうアドバイスする人も多いことでしょう。



 では、なぜそのように提案するのかを考えると、

 最終的に「その人自身の“道”を見いだしてもらうため」、

 ひいては「人生を最大限充実して全うしてもらうため」

 に他なりません。

  

 「なんでもやってみる」ことで得られる“経験”とは、

 たんにスキルや実力といった、

 基礎体力的なものばかりではありません。



 「自分が最も重きを置く道は、どれか?」

 その軽重を判断するための天秤に載せる材料と、

 取捨選択し、道へ正しく向き合うための羅針盤。

 それらを内に育むことは、しばしば前者以上に重要です。



 自分で道を切り拓く力は備えているはずなのに、

 道を見出だせず、そして見出そうともせずに、

 日々に不満ばかりを愚痴にしてばかりの人は、

 世の中には思いの外、多いようですから。

『天秤にかけるというと世間ではあまりいい印象がありませんが、私は天秤にかけることも大切な規範として生きてきました。問題は単純な比較でなく、天秤の片方に何を載せるかで、片方の価値が決まってくるという天秤です。
 いろいろと掛け持ちで学ぶのはかまいません。私も最初は「スポーツ空手」と「武術空手」を掛け持ちで稽古していました。掛け持ちすることで、自分にとっての「本物」が見えてきます。私もはっきり納得し、覚悟ができた時点でスポーツ空手をやめました。』(p95)


 法の下の平等を示すシンボルとして、

 弁護士バッジにも描かれている、天秤。



 ですがなるほど、テミスの天秤が示すのは、

 実際にはあくまで”相対的”なつりあい。

 「公平を欠いていない」ことを確かめるものです。 



 「あなたの人生にとって何がより大切か」

 という、ある意味で絶対的な軽重を量るなら、

 天秤が釣り合っていてはいけないのです。

 

 ――今日のフレーズで言うところの「掛け持ち」は、

 天秤の両皿にそれぞれ載せる重り。

 様々な体験・知見を経る中で、様々な重りを手に入れ、

 逐一皿に載せては比べ、載せ替えては比べを繰り返し、

 その時その時の自分にとって、最も重いものを見つける。



 私たちはそうやって、

 自分自身の人生を手にするのかもしれません。






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2016年10月12日

すべて循環するという思想は、許すことを学ぶのに効果的

 
チャクラで生きる -魂の新たなレベルへの第一歩- 」(キャロライン・メイス/サンマーク出版)より


『森羅万象すべて循環する

 という思想をもつことは、

 許すことを学ぶのに最も効果的な

 方法のひとつでもある。』(p261)




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 たとえば木の葉が、虫食いや病気にあって枯れ、

 枝から落ちてしまったとしても。

 やがて土にかえり、養分になり、根から吸収され、

 時とともにまた、健やかな葉となって枝に生ります。

  

 その時、新たな葉には、

 かつての虫食いや病がなくて当然ですよね。



 もちろんこれはかなり単純化した構図ではありますが、

 それでも、この「循環」が、

 「木の葉から重荷を取り除いた」とも解釈できます。



 そして、人もまた、木の葉や樹木、

 その他あらゆるものと同じく、地球や宇宙の創造物。

 

 金品や財産もそうですが、

 どんなに心身に病や重石を抱えていても、

 それさえ墓場まで持っていくことは叶いません。



 あなたがずっと後生大事に握りしめている、

 自分や他人を「許せない」という、

 人生のあらゆる内的痛みの原因も。



 それが分かってしまうと、次第にバカらしくなって、

 手放し始めるようになることは、珍しくないようです。

『森羅万象すべて循環するという思想をもつことは、許すことを学ぶのに最も効果的な方法のひとつでもある。
 自分がされた過ち、あるいは受けた心の傷が許せないでいるとき、キリスト教にも共通するいにしえからの教えを思い出そう。自分から出たものは、自分のもとに帰ってくるのである。今生か来世か、いつかはそうなるのだ。正義不正義を決めるのは、個人レベルでできることではない。なぜなら、人間が行使する正義は、神なる正義よりずっと過酷で、バランスを欠くことが多いからである。あなたの課題はただひとつ。許すのを学ぶことだ。そして、過去の出来事に無駄に費やされているエネルギーを自分の手に呼び戻すことなのだ。
 』(p261)
『病の冬にあるときには、夏が訪れることはもう二度となく、すべてはふたたびめぐってくることもないように思えるかもしれないが、そのようなときこそ、自分の思考をしっかりと律することが不可欠である。...
 そう、ある日あなたは息を吐いたまま、もう吸い込むことはないのかもしれない。だが、忘れてはならないのは、癒やしとは、まず何よりも学びの体験であり、その最大の学びのひとつは、人生とは無常なものであり、変動するものだということなのである。心の平穏をもって人生を受けいれるのを学ぶことができれば、あなたは病気をはるかに超える何かをマスターしたことになる。』(p260)

 
 私たちの精神が「癒される」とき。

 それはとりもなおさず、

 「許せない」を手放したときに他なりません。

 

 ほんの目先の、短い時間のスパンでしか物事を見ていると、

 「許せない」は永久に続くように感じられます。

 でも、そのスパン――「時間のスケール」を広げるほど、

 “この「許せない」も。やがて薄れ、消え去る“

 と悟れるようにもなり……



 そして、もうその時にはすでに、

 「癒やし」は始まっているのです。





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チャクラで生きる -魂の新たなレベルへの第一歩- (サンマーク文庫)

キャロライン・メイス サンマーク出版 2009-03-16
by ヨメレバ


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