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人生のサプリメント【紅玉版】 ─ 蔵書より、今日のワンフレーズ
   
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2016年10月21日

一粒万倍とは、いわば社会的責任

 
カンブリア宮殿 村上龍×経済人 社長の金言2」(村上龍/日本経済新聞出版社)より


『「一粒万倍」というのは

 もともと仏教用語なのですが、

 それは言ってみれば

 社会的責任ということですよね。』(p237)




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 「一粒万倍」よりもむしろ、

 暦における「一粒万倍日」のほうが、

 よく知られているのではないでしょうか。



 一粒の種籾が万の実をつける稲穂に成長することから、

 物事を始めるのによい日、とされています。



 さて。仮にこの現象が確実に起こるものと仮定して。

 たとえば毒草の種を蒔いたとしたならどうなりますか?

 

 「一粒万倍日」は、あくまで暦という、

 人が定めたものの上での話。



 実際に私たちに起きる「一粒万倍」現象は、

 その人自身、私たち自身を生かしている、

 「天の運び」によってもたらされる、不可知のもの。



 あるいは今日、この後すぐにでももたらされかねない、

 ある意味、最高に油断ならないものでもあります。
  
『「一粒万倍」というのは。一粒の種を蒔いて、もし良ければ、それをお客さんが万倍にして返してくれる。でももし一粒、悪い種を売れば、それも万倍になって返ってくるということです。だから種屋の商売というのは恐いものなんだよ、信用信頼がなければ種屋の商売は続かないよ、という戒めです。種は見た目で良いか悪いか見極めはつきません。畑に植えて、生長させて、収穫して、初めて農家の人や消費者に満足してもらえるものができるかどうかがわかる。やはりそれだけの責任を持たないといけないというのが、その精神なんです。』(p237)

  
 上のコメントは、

 タキイ種苗株式会社社長・瀧井傳一氏によるもの。

 「種物屋」という「一粒」頼みの商いの中で、

 真摯に受け継がれ、培われた智慧、そのものです。



 種屋ではない私たちにとっても、

 「自分の行いは、必ず何かしらの形で自分に返る」

 という宇宙的原則は、一切の差別なく働きます。



 必ず帰ってくる以上、何を行うかは自分で決められます。

 決められないのは、その倍率。

 一倍かもしれないし、八十八倍かもしれなければ、

 万倍かもしれない――もちろん、良くも悪くも。

 

 ある意味ロシアンルーレット的な怖さもありますが、

 むしろ、だからこそ、「善なる種」を蒔く意欲も、

 より続くのかもしれません。




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カンブリア宮殿 村上龍×経済人 社長の金言2 (日経ビジネス人文庫)

村上龍 日本経済新聞出版社 2013-06-04
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年10月20日

百姓とは民衆のこと

 
黒田官兵衛―秀吉も一目おいた天下人の器 」(浜野卓也/PHP研究所)より


『百姓とは、もろもろの姓、

 すなわち民衆を指している。』(p52)




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 江戸時代における「士農工商」。

 その人口割合の内訳は、農民が8割以上を占め、

 武士や、工商を含む町人はいずれも、

 1割に満たなかったといいます。



 つまり「百姓=農民」と呼ぶのはただの名残に過ぎず、

 その本質は「民衆」に相当するものだったのです。

『「官位などもらって何になる、というのが信長の本心でしょう。...鎌倉の三代将軍実朝は、朝廷より右大臣を拝受し、有頂天になって殺されました」
「あの方は、非業な運命の下に生まれたお人なのだ。別に有頂天になったわけではあるまい」
「しかし...父の武衛(頼朝)は、公家の支配するこの国の百姓のために武を用い、その支配を断ち切りました
 百姓とは、もろもろの姓、すなわち民衆を指している。まだ武士と一般農民の区別はないこの頃、坂東武者の多くは開拓地主農民でもあった。』(p51-52)


 もしもの話。当時の日本が民主主義国家で、

 現代と同じような選挙権があったとしたら。

 確実に農民層からの支持が、

 議員の当落を決定していたことでしょう。



 もちろん、選挙目的で“百姓”に取り入るのでは、

 政治(家)の存在意義として本末転倒です。

 が、何かしら“百姓”を慮ることなしに、政治が、

 ひいては国が健全に営まれることはないのでしょう。



 もちろん、私たち“百姓”にあたる人間は、

 政(まつりごと)のせいにして文句を言う前に、

 自分自身という田畑を耕すのがスジですけどね、

 と個人的には思います。





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黒田官兵衛―秀吉も一目おいた天下人の器 (PHP文庫)

浜野卓也 PHP研究所 1996-06
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年10月19日

相手が考えているときは、声をかける前に迷うくらいの気持ちで

 
話し方を変えると「いいこと」がいっぱい起こる!」(植西聰/三笠書房)より


『相手が書類に目を通しているときや、

 考えごとをしているように見えるときには、

 声をかける前に、

 迷うくらいの気持ちが必要です、』(p117-118)




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 「迷う」という語は、

 比較的ポジティブなイメージではないでしょう。

 が、ここで表しているのは、いったん相手の様子を観察し、

 一呼吸置くような幅やマージン(余裕)をもつ、ということ。



 もちろん、緊急で伝えなければならない要件や、

 相手の立場にとって重大な情報もあるものです。

 そういった「迷っている場合じゃない」こともあります。



 が、ほとんどの場合、こちらが話しかけたい内容は、

 「迷うヒマぐらいある」ものです。

『おしゃべりな人は、いつでもどこでも話していたいものです。しかし、あなたが話したいタイミングで、相手も話をしたいとはかぎりません。
「ねえねえ、聞いて」と一方的に話しかける前に、相手は今、自分の話を聞いてくれるような状態にあるのかを確認するようにしましょう。
 たとえ悪意がなくとも、無神経に話しかけられたり、ふれたりして、相手のペースをくずしてしまえば、あなたは鈍感で気がきかない人だという印象をあたえることになってしまいます。
 おしゃべりな人は、誰にいつ話しかけられても、答えることが苦にならない場合が多いようです。だからといって、周囲の人たちも、あなたと同じではないということをわかってください。』(p117)


 中には、

 「相手が慌ただしく、素早く動き回っているから、

  ちょっとリラックスさせてあげたいな」

 と、気を利かせるつもりで、

 他愛ない話をふる人もいるでしょう。 

 話しかけるのでなくても、お茶やコーヒーを淹れたり。



 私たちはどうしても、そして良くも悪くも、

 自分本位の価値観で相手を判断しがちです。

 それは、相手の性格や能力などについてばかりでなく、

 相手が身を置いている状況に対しても。



 もしも先の相手が、文字通り一分一秒を争う、

 非常に切迫した状況にあったとしたら?

 それを知らないこちらの行動は、

 相手にすればやはり文字通り、邪魔になりえます。

『どうしてもというときは、「ねえ、今ちょっといいかしら」というひと言をつけくわえましょう。そんなに気をつかうなんておかしいと思うかもしれませんが、相手のペースを知るためにも、「親しき仲にも礼儀あり」の気持ちで接したほうがいいのです。
 もちろん、ほとんどの人は、話しかけられれば自然と応じてくれるでしょうし、話し好きなふたりの場合は、ほうっておけば何時間でも話しているようなこともあるでしょう。しかし、一方で、何かに集中しているとき、突然割り込まれることを、極端に嫌う人もいます。』(p118)


 交通事故や労働災害と同じように、

 人間関係でも「出会い頭の事故」の陰には、

 「危険要因の蓄積」があるもの。



 そしてそれは、ちょっとした工夫で回避できるものです。

 話しかける前に、お茶を淹れる前に、

 確認のワンクッションを置くのも、そのひとつ。



 相手を気遣うのは大切ですし、尊いこと。

 ただし、それと同じかそれ以上に、

 相手とその自主性を信じて任せる、見守ることも重要です。



 特に、相手が本当の意味で有能であるほど、

 リラックスするべき時も、そのやり方も、

 その人自身が一番わきまえているものですから。





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話し方を変えると「いいこと」がいっぱい起こる! (王様文庫)

植西聰 三笠書房 2007-05
by ヨメレバ

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2016年10月18日

威張ってもなめられてもいけないのが、社長・上司


斎藤一人 天が味方する「引き寄せの法則」」(柴村恵美子/PHP研究所)より


『「威張ってはいけない」けれど、

なめられてもいけない」のが

 社長であり、上司です。』(p156)




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 相手を見下し侮ることが「なめる」。

 その語源というのも、元々は「無礼」と書いて、

 「なめ」と読むからなのだそうです。

 

 そう考えると。

 立場をかさに威張ったり怒鳴り散らしたりするのも、

 “一人間としての領域”では「無礼」に他なりません。



 つまりは「威張る」のも「舐められる」のも、

 礼や仁義、ひいては一人の人間としての尊重、

 すなわち愛を欠いている、となりますね。

『社員や部下になめられていると仕事になりませんし、会社としての士気も上がりません。
 だからやはり、上に立つ者はそれに見合った威厳が必要です。
 偉くなればなるほど、それだけ影響力が強くなります。だから、それに見合ったエネルギーを与えられる人にならなければいけないのです。
 よく、怒ることによって威厳を保とうとする社長や上司がいますが、これはいけません。
 社員や部下が間違ったときに、その間違いを指導することは大切ですが、怒りに任せて叱るのはよくないのです。
 間違いを指摘するだけではなく、ときには叱ることも必要ですが、大切なのはそこに“愛”というエネルギーがあるかどうかなのです。』(p156-157)


 とはいえここで、

 「無礼なのは“なめる”ほうであって、

  “なめられる”側ではないのでは?」

 という疑問が生じるかもしれません。



 人や世の中には、「分相応」というものがあります。

 これはなにも、人間的な器の話ではありません。



 格上であるべき分の人は、

 (威張るということでなく)格上として振る舞い、

 対等であるべき関係性の中では、

 相手を対等でフェアな存在として振る舞う。



 そのようにすることで、実際に彼我の人間関係や、

 ひいては社会全体はうまく回るように、概ねできています。



 これが、格上の人間に何の威もなく、格下のようであったり。

 対等であるべき相手の前で、自分を過剰に安売りしたり。

 そういった姿勢の帰結として「なめられる」わけです。



 それはすなわち、相手の「分(相応)」をも無視している、

 立場の上下強弱を問わず、彼我本来の関係を足蹴にしている、

 と言ってもいいのではないでしょうか。



 いじめなどはもちろんもっての外です。

 が、それとは別の次元で、

 「なめる」側も「なめられる」側も、

 互いに自他への認識のバランスを著しく欠くがゆえに、

 図らずもかみ合い、釣り合い、

 陰陽として互いを成立させてしまっている――



 そのように捉えれば、また違う角度からの視野が、

 ひいては「なめられる」状態から抜け出すヒントが、

 見えはじめてくるのではないでしょうか。





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斎藤一人 天が味方する「引き寄せの法則」

柴村恵美子 PHP研究所 2014-06-25
by ヨメレバ
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2016年10月17日

求めるものは三つ――「もの」「地位や名誉」「人格向上」

 
すべてを味方 すべてが味方」(小林正観/三笠書房)より


『「求めているもの」

「目指しているもの」は

 大別すると、三つあります。

「もの」と「地位や名誉」、

 そして「人格向上」です。』(p153)




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 企業には企業理念が必要なように、

 一人ひとりにも、「じぶん理念」と呼ぶべきものが、

 あってしかるべきではないか、と私的には思います。



 平たく言えば、

 「どんな人になりたいか」、

 「どんな人でありたいか」ということ。



 すると、中にはこんな人も出てきます。

 「有名人になりたい」

 「裕福なお金持ちになりたい」

 「多くの人を指揮する偉い人になりたい」

 もちろん、それは結構なことです。

 目指したい以上は、大いに目指すのがよいでしょう。



 ただし、それらはいずれも“立場”に当たるもの。

 つまり、決して「その人自身・あなた自身」ではなく、

 その付随物・付帯要素にすぎません。



 事はもっと、根幹や本質に近い部分――たとえば、

 「誰に対しても親切を忘れない人でありたい」

 「何にでも感謝できる人でいよう」

 「常に人の幸せを第一に言動を選ぶ人になる」等々。

 要するに今日のフレーズが指し示す、

 「人格」にあたるものを、見逃してはいけません。

『「もの」あるいは「地位や名誉」を目指している人同士なら、相手選びはそんなに難しいことではないでしょう。
「豪華な車や家」あるいは「早く係長になる、早く課長になる」ことなど、「求めているもの」が外からも見えるのですから。
 難しいのは三番目、「人格向上」です。別の言葉で「魂磨き」と言ってもいいかもしれません。
「人格向上」(魂磨き)を目指して生きる人は、相手にもそういう生き方を求めている場合が多いものです。』(p153)


 「相手選び」とありますが、

 今日のフレーズは、著者の正観さんが、

 結婚相手選びについて質問された際に、

 ポイントとして触れたものです。

『「結婚相手はどんな人を選んだらいいのでしょうか」
「結婚してもいいかどうか、相手のどんなところを見たらよいのでしょう」
...一概には言えませんが、私なりの「見るべきポイント」...基本の条件として、人生の中に「求めているもの」「目指しているもの」が同じ、というのはどうしても必要です。』(p152-153)


 もちろん結婚や恋愛ごとに限らず、

 何かしらの「パートナー」を選ぶ際には、

 多かれ少なかれ見るべき点となってくるでしょう。



 手を取り合おうとする相手が、

 そして誰よりあなた自身が、本当は何を求めるのか――



 改めて、まずはこの三つの大分類で考えてみると、

 あなたの人生、あなたを取り巻く人間関係は、

 好ましい意味でわかりやすく、一変するかもしれませんね。





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