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人生のサプリメント【紅玉版】 ─ 蔵書より、今日のワンフレーズ
   
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2016年09月20日

「何でも知っている」は、知らないことを知らないだけ



知らないこと、できないことに価値がある」(晝馬輝夫/幻冬舎)より


『「何でも知っている」は、

 知らないことを知らないだけ』(p31)




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 哲学界隈において、

 ソクラテスの「無知の知」はあまりに有名です。



 「私は何も知らない」と知っている。

 「まだ何も知ってなどいない」ことを知っている。

 その自覚は、明らかに一段高い意識からの、

 冷静で明敏で、客観的な俯瞰です。



 この視点が持てることによって、

 人生にもたらされるメリットには、

 じつに計り知れないものがあります。

『「人類には、未知未踏のことが無限にある」...
 では、「未知未踏」とは何なのでしょうか。しかし、これを具体的に言えるなら、それはもう未知未踏ではなくなってしまいます。だから、言えません。そこで最後は、「知らない」という表現にしかならないのです。』(p31-32)
『だから、ある段階で...「全部、わかっている」と大言壮語している人間は、私に言わせれば「無知」でしかありません。わかったということは、「新しいわからない」が出てきたということにすぎないのです。...
「そんなこと、わかってないよ。だけど、ここまではわかりました」、「ここまではきたけれど、またその先にこんなにわけのわからないことがありました」というのが、真理を探求していく真の姿勢なのです。』
(p33)


 ことは学究、求道においての話に留まりません。



 たとえば、人間関係にも。

 親しい人、身近な相手ほど、

 私たちは「わかったつもり」になりがち。

 不満や愚痴、陰口などのかなりの部分は、

 この「つもり」という身勝手な主観に起因しています。



 私はこの人のことを、実はまだ何も知らない。

 私はこの人ではないのだから、本当は何を考えているか、

 私が見ていないところで何に遭遇しているのか、

 私には全く知る由もないし、知れるはずもない。



 その「無知の知」的理解と、あとはひとさじの想像力。

 たったそれだけで、私たちは人に優しくもなれるし、

 自分のネガティブな思考と感情に支配される人生を離れ、

 逆に自主的な生き方を実現する、手綱を手にできるのです。



 それは、簡単ではないにしても、単純で、

 人生かけて身につけていく価値のある、

 “無知の知の道”“未知の道”のひとつかもしれませんね。





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知らないこと、できないことに価値がある

晝馬輝夫 幻冬舎 2014-03-19

by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月19日

死に人が最も恐れるのは、愛する人から別れねばならないこと



魂の伴侶―ソウルメイト 傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅」(ブライアン・L. ワイス/PHP研究所)より


『ベッドの上で死のうと

 銃で撃ち殺されようと

 人が最も恐れるのは

 愛する人から別れなければ

 ならないことだ。』(p129)




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 いわゆる「悟りを開いた人」と聞くと、

 何事にも態度を崩さない、平然で超然とした人、

 というイメージを抱く人も、

 まだまだ少なくないのかもしれません。



 それは、決して正しくはありません。

 一休さんのモチーフで知られる禅僧・一休宗純は、

 臨終の前に「死にとうない」と言い残していますし、

 近代日本最大の精神的メンター・中村天風師は、

 長年連れ添った奥様を亡くされた際には、

 人目もはばからず号泣したといいます。

『「なぜ泣くのですか?」と私はやさしく、彼女にたずねた。
「彼をとっても愛していたからです。二度とあれほどまで、誰かを愛することはないと思います。私があれほど愛し、あれほど私を愛してくれた人に、私は今まで会ったことがありません。あの愛がなかったなら、私の人生は絶対に完全にはなりません。完全に幸福になることもできません」』(p139-140)


 悟りを開くとは、ある意味、

 あるがままの己を知り、あるがままの己であること、

 と言えるかもしれません。



 愛する人々と、今生における確実な永遠の別れ。

 素直にそれを悲しいと感じ、素直に表現したのが、

 先の例ではないでしょうか。



 感情を乱すことと、感情に素直であることは別物。

 感情を殺すことと、冷静に人生を歩むことも別物。 

 

 つまるところ自分の人生を、自分自身を、

 決して被害者根性に甘んじることなく、

 どこまでも主体的に、 誠心誠意生き抜くこと。



 それが、

 「吾(われ)」+「心(りっしんべん)」=「悟り」

 であり、だからこそ、別れの悲しみと恐れに、

 本当の意味で正直でいられるのかもしれません。

 なにも、複雑で高尚で難解なことではないんですね。 

 





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魂の伴侶―ソウルメイト 傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅 (PHP文庫)

ブライアン・L. ワイス PHP研究所 1999-08
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月18日

人間はたしかに物、しかし物だけではない

 

大河の一滴」 (五木寛之/幻冬舎)より


『人間はたしかに

 の側面を備えているけれども、

 しかし物だけではないことを

 考えよう。』(p158)




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 「心」は目には見えませんが、

 「心遣い」や「心づくし」は、

 言動や品物などになって、現れて見えます。



 あるいは、心と体のどちらかが強まったり、

 逆に弱まったりした際。

 もう片方も引っぱられるかのように、

 強くなったり弱くなったりする場合も多々あります。



 私たちは物質世界に生きている存在です。

 かといって、物質世界“のみ”に生きているかといえば?

 上の例に基づく理論的にも、答えはノーと言えそうです。

『人間は生きた存在です。決して物ではない。だけど、デカルト以来、人間を物質としてきちんと科学的に考えるという習慣によって医学や科学はすばらしい進歩を遂げてきた。...Aと非Aが同時に存在しているような状態、これが生きた現実なのではなかろうか。プラスとマイナスがお互いに反撥しあい。また引かれあうような、そういう物の考えかた、両極端のどちらかではなく、〈どっちも〉という考えかたを、このへんで、もう一ぺんふり返ってみたいという気がします。』(p158-159)


 物質でもあり、同時に“非物質”でもあるのが私たち。

 「清濁併せ呑む」という言葉もありますが、

 そういった両面・両極端ばかりでなく、

 その無限の中間をもひっくるめて、

 私たちは生きて存在できているようなもの。



 目に見えるもの、形のあるものはもちろん大事です。

 しかしそればかりを追い求めていると、人生のどこかで、

 必ずどうしようもない空虚さに見舞われるもの。



 形あるものはすべて、いずれ必ず形を失う――

 いわゆる諸行無常がこの世の定理です。

 

 人生を本気で有意義に、幸せに、

 そして最期に満足して終えたいと願うのなら。

 「形のないもの」、そして「形のない自分」、

 そういったものへの価値を見いだす思索を、

 今日からでも始めてみませんか?



 なにも、難解なことではありません。

 まずはほんの少しの「心づくし」「心遣い」から、

 あなたなりに実践し、体現していけばいいのです。





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大河の一滴

五木寛之 幻冬舎 1998-04
by ヨメレバ



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2016年09月17日

昔の大阪は「儲かりまっか」と聞くと「おかげさんで」と言った

 
他力 」(五木寛之/講談社)より


『しかし、古い大阪の人に聞くと、

 昔は「儲かりまっか」と聞かれると

 「おかげさんで」と

 必ず言ったそうです。』(p135)




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 こちらのブログによると、→
 
 そもそもとして「ぼちぼちでんな」は、

 「おかげさまで」とワンセットだったのだとか。 



 漢字で書くと「御陰様」。

 えてしてオモテには出ない、

 目には見えない存在を示す「陰」。

 そこへさらに「御」と「様」をつけて、

 丁重に敬い呼んでいるのがこの言葉。



 信仰の対象としての神仏を指しているのは、

 容易に想像がつくのではないでしょうか。

 

 そこには、大阪が「商人の街」となった経緯にも、

 少なからぬ関わりがあるのだそうです。

『そもそも大阪の基盤は石山御坊の寺内町です。...御堂筋は、昔の梅田と難波村の間に北御堂(西本願寺津村別院)、南御堂(東本願寺難波別院)があったことからついた名前です。そこへ御堂の鐘の音が聞こえるところに本店を持ちたいという父祖伝来の夢を持った近江の門徒(浄土真宗の信者である)商人たちが集まって...大阪の経済を支えました。...
「おかげさんで」というのは神仏のご加護によってなんとか生きていけることを〈お陰〉と感じて、その〈お陰〉を感謝する思想でしょう。お伊勢参りを「お陰参り」というのと同じです。そう考えると、大阪商人は...〈お陰〉という宗教的な感覚もあったということになります。』(p135)


 今日の経済社会において、貨幣・金銭とは、

 社会という身体をめぐる血液のようなもの。



 すると商人は、その血液をめぐらせるポンプ、

 つまり心臓にあたる存在、ということになります。



 お金や商売人などに対する、

 「汚い」「がめつい」といったイメージを抱く人は、

 今なお根強く存在しているのは事実です。



 でも本当は、お金には清いも汚いもなく、

 ただただ便利なエネルギーであるだけ。

 「商人=私利私欲まみれのごうつくばり」なのでなく、

 「おかげさま」を忘れた輩が商人になり、

 その強欲さゆえに目立ってしまっただけ。



 そう解釈できれば、少しはそんなイメージも、

 ひいては人生における運気の流れも、

 楽しいものに変わってくるかもしれませんよ。






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他力

五木寛之 講談社 1998-11
by ヨメレバ

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2016年09月16日

優秀な若者を採用したいのは分かるが、うちの若者を育てるほうが先

 

将の器・参謀の器―あなたはどちらの“才覚"を持っているか」(童門冬二/青春出版社)より


『その若者が優秀だ

 ということはよく分かる。...

 おまえたちがその若者を採用したい

 という気持ちはよく分かるが、

 わたしはうちの若者をもっと

 育てることのほうが先だと思う。』(p51-52)




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 江戸時代の大名家は、

 徳川家の親族である「御三家」「親藩」を除けば、

 関ヶ原以前から徳川方だった「譜代(ふだい)」と、

 戦後徳川についた「外様(とざま)」とで、

 主に区別されていたようです。



 当然というべきか、その扱いの軽重にも、

 明確に差があったと聞きます。



 その結果――だけとは到底言い切れないものの、

 徳川幕府の治世は、そうした統括原理の下、

 二六〇年も存続することができました。

 これは日本・世界史上でも屈指の長命政権です。

 

 もちろん絶対ではありませんが、

 基本として、まずは身内や味方を重視してこそ、

 人の集団はまとまりがつく、ということを示しています。

『加藤清正が名将だという噂を聞いて、多くの浪人たちが再就職先として加藤家を選んだ。...
「なぜ加藤家に再就職したいのか?」...
 老人はこう答えた。...
 中年者はこう答えた。...
 最後の若者はみるからに才幹に満ちあふれ...重役たちは、互いに眼で、
(採用するのなら、この若者だ)
 と感じた。』(p47-48)
『「老人と中年者は採用する。若者は採用しない」
 重役たちはびっくりした。自分たちの判断と全く逆な決定を清正が下したからである。...清正は答えた。...
「その若者が優秀だということはよく分かる。しかし、他からきた若者を優秀だ、優秀だといえば、いま熊本城にいる若者たちはみんなぼんくらで、役に立たないということになってしまう。それではうちの若者たちがかわいそうだ。若者は未知数だ。たくさんの可能性を秘めている。それを引き出すのがわれわれの役割だ。それを怠って、いきなりうちの若者はだめだと決めつけるのは早計だ。おまえたちがその若者を採用したいという気持ちはよく分かるが、わたしはうちの若者をもっと育てることのほうが先だと思う。かわいそうだが若者は断われ」
 ...このことが洩れた。熊本城の若者たちは奮起した。』(p51-52)


 「新しい風を入れる」ことの意義は、

 昨日と一昨日のフレーズで示されたとおりです。



 今日のフレーズが示すのは、

 「まずは今あるもの、

  今居てくれている人を大切にし、活かす」こと。



 それを踏まえれば、連日のフレーズは全て、

 同じ土台に立っているからこその判断――

 という本質が見えてくるのではないでしょうか。






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将の器・参謀の器―あなたはどちらの“才覚"を持っているか (青春文庫)

童門冬二 青春出版社 2001-10-01
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ