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人生のサプリメント【紅玉版】 ─ 蔵書より、今日のワンフレーズ
   
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2016年09月25日

人生の不幸は、自分に関するあやまった考えから生じる

 

人生はニャンとかなる! ―明日に幸福をまねく68の方法」(水野敬也、長沼直樹/文響社)より


『人生のほとんどすべての不幸は、

 自分に関するあやまった考えを

 するところから生じる』(45)




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 「目は目を見ず」という言葉があるとおり、

 自身を客観的に把握するのは、本当に難しいものです。

 

 「何かがうまくいかない」とき。

 その原因を究明するのに決して欠かせない、

 アプローチであるにもかかわらず、です。

 

 なぜなら、それは往々にして、

 「自分が最も見たくないところ」

 でもあるから、ではないでしょうか。

『2008年、スターバックスのCEOハワード・シュルツは会社の現状を率直に分析し、スターバックスをスターバックスたらしめている「ロマンチックで劇的な要素」が失われつつあると考えました。それを防ぐには原点回帰しなければならないと考えた彼は、ある火曜日の午後、スターバックス全7100店舗を閉め――これにより会社は600万ドル分の収益を犠牲にしましたが――13万5000人のバリスタに向けて、完璧なエスプレッソコーヒーを淹れるための講習を実施したのです。その結果、スターバックスの株価は2008年から2011年にかけて400%という上昇率を記録しました。』(45)


 上は企業での例ですが、

 一時的にでも大きな損失を出すのが明らかな決断に、

 なかなかゴーサインは出しづらいのが人の情。



 つまるところ、人は「痛みは極力避けたい」のです。

 もちろんそれはそれで大切なことですが、

 一方で、中には必要な痛みだって存在する――



 自分を客観視することの真髄とは、

 必要な痛みと無用な痛みとを見分ける勇気、

 とでも言えるのかもしれません。




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人生はニャンとかなる! ―明日に幸福をまねく68の方法

水野敬也,長沼直樹 文響社 2013-10-22
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月24日

刹那的な考えの人の特効薬は夢


緋弾のアリアXXIII 不可知の銃弾 」(赤松中学/KADOKAWA/メディアファクトリー)より


『刹那的な物の考え方をする

 人間への特効薬は、なんだよ。』(p122)




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 「今を生きる」ことと「刹那的」であること。

 字面としては似ているようにも思える両者ですが、

 無論、全くの別物であり、真逆とも言えます。



 前者が、生きることに対する集中と純化であるとすれば、

 後者は、退廃や放棄に近いもの、あるいはそのもの。



 「今しか存在しない」という前提に立っていても。

 「今」が連続して人生の彩色を織りなすとする前者と、

 「今」そのものが暗闇でしかないか、

 すでに暗いバッドエンドが既定路線とする後者では、

 生命への根本的姿勢そのものが、大きく違って当然です。



 それを変えうるのは、

 闇一色しかない可能性の絶滅ではなく、

 彩色と呼べる可能性の継続と拡大、その提示です。


『刹那的な物の考え方をする人間への特効薬は、夢なんだよ。
 夢や目標を達成するまでは、安易に死のうとか考えなくなるもんだからさ。』(p122)
『「先輩……? 僕に、もう戦うなと……?」...
「いや、戦え。ここで」
 と、俺は可鵡韋のポケットPCを示す。
「これだって、戦いだぞ。拳銃を使う戦いもあるが、文字を使う戦いだってあるんだ。...編集者は、作家に書かせるのが仕事だ。どんな理由があろうと、作家が面白い小説を途中で投げ出して――無謀な戦いで命を散らすなんて、絶対許さんぞ...運命なんか変えちまえよ、可鵡韋」
「運命という言葉の意味が分かってませんね」
「わかるもんか。俺はバカだからな。だが、可鵡韋。叶えたい夢があるのに諦めて死地に向かうヤツはバカ以下だぞ」
「先輩、僕は――」
「お前はマジメすぎるんだよ。頭が良すぎるんだよ。生きるために、もっとバカになれよ。お前ぐらい頭が良けりゃ、バカにもなれるだろ」』(p152-154)


 と、まあ。

 小難しく書きましたが、要は単純なお話。



 この選択しかできない、この生き方しかできない、

 と自分を決めるのも。

 これ以外の選択もできる、これ以外の行き方も選べる、

 と自分を許すのも。

 それぞれ自分自身にしかできない、

 最初であり最後の、そして最強最大の自由意思。



 「今を生きる」と「刹那的」の違いを喩え直すなら。

 「今」を何でも描ける白紙のキャンバスと捉えるか、

 白く塗りつぶされていて、もう何も描けないと見做すか。



 今日のフレーズが示すものは、

 たったそれだけの、視点の転換にすぎないのです。




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緋弾のアリアXXIII 不可知の銃弾 (MF文庫J)

赤松中学 KADOKAWA/メディアファクトリー 2016-08-25
by ヨメレバ
posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月23日

怒りは必ず「暗い」

 

怒らないこと2 ― 役立つ初期仏教法話」(アルボムッレ・スマナサーラ/サンガ)より


『怒りというのは、

 かならず「暗い」のです。』(p93)




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 以前、「怒りは火にたとえられる」というフレーズを、

 ご紹介したことがあります。
  ↓ ↓ ↓  
 http://melma.com/backnumber_197273_6294544/



 ただ、両者にはひとつ、決定的な違いがあります。

 「怒りは、火のように明るくはない」点です。

 燃え盛るほどに光を奪い、

 その人自身をどんどん暗くしていく炎。

 

 それが本書で、ひいては仏教で説かれている、

 怒りというものの性質です。



 とはいえ、

 いきなり巨大なまま現れる炎はありません。

 火である以上、必ず種火が存在します。



 火災は初期消火が肝心なのと同じく、

 怒りの統御――アンガーマネジメントもまた、

 「種火を認識する」ことこそが、

 最初にして最大の要点といえるでしょう。

『仏教では、怒りを十種類に分類してとらえています。...基本的な怒り一種類と、その心のエネルギーが暴走して姿を変えた九種類に分かれます。もっとも基本的な怒りは、バーリ語(お釈迦さまの言葉を忠実に伝える古代インド語)で「dosa(ドーサ)」といいます。ドーサという言葉のもともとの意味は「穢れる」「濁る」で、いわゆる「暗い」ということです。...元気で明るい心に、少しでも「嫌だな」という怒りが入ると、とたんに明るさが減ります。』(p92-93)
『怒りの反対は、「piti(ピーティ)」、つまり「喜び」です。「ああ楽しい」「幸せだなぁ」「わくわくしている」「元気です」というときには、心に怒りはありません。...そして、自分が怒っているかどうかは、明るさでわかります。嫌な気分が少しでもあるかないかでもわかります。』(p93-94)
『怒りは溜まれば溜まるほど強い破壊力を発揮します。放射能と同じです、溜まれば溜まるほど危険です。外に向いたら外が壊れるし、自分に向かえば自分が壊れます。ですから、いかにドーサのうちに気づいて対処できるかということが、怒りを克服するポイントです。』(p95)


 では、いかにして認識し、どのように対処すればよいのか。

 認識については、絶え間ない自己観察を通じて、

 一つひとつの芽を摘んでいくしかありません。

 瞑想などを通じた、内的研鑽が必要になります。



 なので、あえて対処のほうからアプローチするのも一手。

 その方法論は諸々存在するようですが、

 ここでは、対処だけでなく予防としても使える方法を。



 上の引用にあるような、

 「楽しい」「幸せ」「元気」といった、

 「明るい」言葉を口にするのです。



 聖書には「はじめに言葉ありき」という一文があります。

 「気持ちが入ってないのに言えないよ」

 という人も中にはいるようですが、

 そんな「はじめに気持ちありき」の姿勢では、一生言えません。



 落ち着いて、繰り返し、呪文のように唱え、

 いつしか口癖にしてしまう。

 そうやって、言葉がはじめにありさえすれば、

 気持ちは後から従うように、ヒトはできています。 



 信じるも信じないも自由ですが、

 たったそれだけの単純な実践に、

 人生を大きく変える力があるのは、事実です。





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怒らないこと 2―役立つ初期仏教法話〈11〉 (サンガ新書)

アルボムッレ・スマナサーラ サンガ 2010-07-29
by ヨメレバ


posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月22日

ストレスや心配が減るのなら、生活レベルを落としたことにならない

 
小さいことにくよくよするな!〈3〉仕事はこんなに、楽しめる」(リチャード・カールソン/サンマーク出版)より


『それでストレスや心配が減るのなら、

 生活レベルを落とした

 ことにはならない。』(p120)




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 マイホーム(&ローン)に限ったことではありません。

 たとえばマイカーなどもそう。

 「友人知人がみな持っているから」

 と購入したけれど、案外それほど乗る機会もない。



 あればたしかに便利だけれど、

 維持費などを計算し、よくよく比較してみれば、

 むしろ公共交通機関を使っていたほうが、

 渋滞のストレスや事故の心配もずっと小さく、

 総合的に考えて割安だった――という判断結果。

 

 当てはまる人は、決して少なくはないでしょう。

 当てはまる例も、決して車や家に留まりません。

『「黄金の足かせ」...それをはめるのもはずすのも自分次第だからだ。仕事や職業に明け暮れるのもあなたの自由。なぜなら、あなたは一定の収入を得るために、仕事を続けたり残業するという足かせを選んでいる。...
 車や家やその他の満足と引き換えに、人生の大切なものを売り渡しているということだ。』(p117-118)
『それでストレスや心配が減るのなら...自分自身や大切な人のための時間がとれるのなら、生活レベルが下がったとは言えないのでは? 経済的なプレッシャーや心配事が減って、人生を楽しむ時間が少しでももてるなら、それも悪くないのでは?
 目標の達成や物質的な満足、生活の向上を悪いと言っているのではない。...一つだけ確実なのは、「黄金の足かせ」をつけたままでは「くよくよ人生」から逃れることはできない、ということだ』(p120)


 古くから言われるのが、アジアでは少欲知足。

 あるいは、エピキュリアン(快楽主義者)の語源となった、

 古代ギリシャの哲学者エピクロスの生活もそう。



 欧米でも近年“Less is More”(レスイズモア)として、

 ほぼ同じ思想がクローズアップされていると聞きます。



 いずれも、「自分にとっての“必要”」を見極め、

 それを大きく逸脱しないがゆえの深い幸せを、

 ある意味貪欲に追い求める人生論と、その実践です。

 

 飽食が万病のもとであるように、

 何事も、分を超えれば余計な苦悩や弊害を招くもの。

 でも、分相応にピタッとハマれば、

 不思議と次々幸せが舞い込んでくるのも、また事実。



 人として産まれたこの生とは、ある意味で、

 「ちょうどいい」のバランスを追求する、

 中々やりごたえのあるゲームなのかもしれません。





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posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年09月21日

どうしたら人がついてくるかを考えるのが、商売の勉強

 
残念な人の思考法」(山崎将志/日本経済新聞出版社)より


『商売の勉強というのはな、いいか、

 金の数え方や髪の切り方を

 学ぶことじゃないぞ。

 どうしたら人がついてくる

 を考えよ。』(p181)




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 誰にでもそれぞれに、他の人と比べての得手不得手、

 向き不向き、できることとできないことがあります。



 一人ひとりの存在も、経験する人生も、

 まったく別々のユニークなものなのですから、

 それは至極自然であたり前のこと。



 たとえば、

 「その技術」が得意な人もいれば、

 「“その技術”が社会に貢献できる仕組みづくり」

 が得意な人もいるのです。


 肝心なのは、両者がいかに快く協力し合えるか――

『「商売は人だよ。人が喜んで働いてもらうこと意外にあり得ない。もちろん、商売の形を考えるのはワシの役目だ、たとえば、二四時間営業にして一人五〇〇円でカット、なんてことを考えたのはワシだけど、実際にやるのは社員のみんなだ。ワシは美容室やってるけど、髪を切れない、鋏を持ったことがない...あとを継いだ息子たちも切れない。でも、それでいいんだよ。切るのはプロである社員の仕事。ワシの仕事は、プロに満足して働いてもらうことだ。』(p180)
『どうしたら人がついてくるかを考えよ。人に好かれるとか、人に任せるとか...弁護士、会計士、税理士、勉強好きなヤツはいっぱいいる。...本当にワシのためにがんばろう、と思ってもらわないといけない。だから、ワシも本当にそいつのためにがんばろうと思って仕事をお願いするんだよ』(p181-182)


 「ものづくり」に誇りをもつ今の日本では、

 どちらかといえば先の「その技術」を持つ前者――

 エンジニアや職人と呼ばれるスペシャリストが、

 より多く脚光を浴び、リスペクトされる、

 そんな傾向が根強いように感じられます。



 もちろんそれはそれでよいのです。

 ただ、「その技術」が活きる仕組み、

 受け皿がどこにもなかったとしたら。



 それがどんなに素晴らしい職人技であろうとも、

 果たして誰の目にも触れることなく、

 ひっそりと埋もれ消え去っていくのですから。



 仕組みをつくり、あるいは受け皿を担い、

 ひいては人と人とを結びつける立役者、

 いうなれば“ゼネラリストというスペシャリスト“。

 彼らの存在もまた、等しく価値あるものと認識されて、

 然るべきではないか――というのは個人的な意見です。






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残念な人の思考法(日経プレミアシリーズ)

山崎将志 日本経済新聞出版社 2010-04-09
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ