フレーズがクイズで届くメルマガ★登録はこちら
人生のサプリメント【紅玉版】 ─ 蔵書より、今日のワンフレーズ
   
 powered by メルマガスタンドmelma! トップページへ

2016年05月31日

感覚的な説明だけで、充分な指示を与えたと思いがち



おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ」(正垣泰彦/日経BP社)より


『問題は、人は

 感覚的な言葉で説明しただけで、

 充分な指示を与えたと

 思いがちなことだ。』(p198)




 ↓今日のフレーズが気に入ったら、ぜひクリックをお願いします。

■■人気ブログランキングへ■■
 ↑クリックしたら、もう一度「人生のサプリメントをクリック!
 戻ってきていただけると、すごくうれしいです!




 「優秀な人材」を求めてやまない会社は、

 山ほどあることでしょう。

 では「優秀な人材」とは一体どんな人なのか?

 となると、明確でな答え・評価基準を、

 イメージできていないケースも、少なくないようです。



 ちなみに、私が考える例を挙げるなら――

 チームの最終目的と、自らに与えられた裁量を理解し、

 知識と能力と縁とを自由存分に駆使して、

 能動的に物事を進め、行動する人。



 これなら、たとえ今は知識や経験が足りなくても、

 遠からずどんな組織に行っても頭角を現す、

 優秀な人へと成長するはずです。



 しかし、これで「頭角を現す」ということは、

 裏を返せば、誰もが誰もこんな人ばかりではない、

 ということでもあります。

『たとえば、「もっとおいしく料理を作れ」という言葉は、具体的に何をすればいいのかを全く説明していない。指示した側が、本当に臨んだ味付けの「おいしい料理」を作ってほしければ、調味料の量や鍋で何分にるかまで、きちんと説明しなければ、「おいしい料理」を再現できない。』(p197-198)


 だからといって、嘆いたり憤ったりするのはお門違い。

 なぜなら、それは相手に才能や実力がないわけではなく、

 単に、感覚的で抽象的な内容を具体化する知識や経験、

 つまり「方法を“まだ”知らない」だけにすぎない――
 
『ただ、そうは言っても、人間が感覚的に考え、話をするのは仕方がないことだ。常に、誰にでも分かるような言葉で、適切な指示を出せるようになれ、というのも現実的ではない。
 だから、スタッフの心を1つにして、共通の目標に向かって、改善を進めたいなら、やるべきなのは「言葉」の定義の統一だ。』(p198)


 知識や方法は、一般的な会社においては、

 これからの実践の中でいくらでも学んでいけるもの。

 ですから、まずは目標を明確に指し示し、

 達成に必要な集団知を引き出していく。

 「定義の統一」は、その重要な基盤のひとつです。



 一見回りくどいようですが、実はこの地ならしこそが、

 やる気を秘めた人のやる気を引き出す――

 「創意工夫を発揮できるんだ」というモチベーションの、

 これ以上ない呼び水になりえる、ということ。



 やる気さえ出れば、実践が増え、経験が増え、

 感覚的な指示から最大限の成果を生み出せる、

 実力ある「優秀な人材」が育つ……と、繋がるのです。





 ★今日のフレーズの詳細はこちらをクリック★


 ■こちらもクリックして、人気ブログランキングへの投票をお願いします■



posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年05月30日

みんな天与の「役がら」を生きている



心がスーッと晴れる一日禅語」(境野勝悟/三笠書房)より


『自分の気に入る上司も、

 気にくわない上司も、

 みんな天から与えられた

 「役がら」を生きているのだ。』(p89)




 ↓今日のフレーズが気に入ったら、ぜひクリックをお願いします。

■■人気ブログランキングへ■■
 ↑クリックしたら、もう一度「人生のサプリメントをクリック!
 戻ってきていただけると、すごくうれしいです!





 言うまでもないことではありますが、

 今日のフレーズは「上司」に限った話ではありません。



 むしろ、ありとあらゆる事物に言えることであり、

 だからこそ、一旦腑に落ちれば、

 いつでも効力を発揮する力強いものです。

『禅語に「明明百草頭」がある。百草頭とは、いろいろの花。明明とは、花がみんな自然の生命であることが、ハッキリしているさま。美しい花も毒の華も、自然の生命だ。自分の気に入る上司も、気にくわない上司も、みんな天から与えられた「役がら」を生きているのだ。無礼な上司に出会ったら、「この人は、天から悪役を命じられているんだ。ご苦労さま……」と思うこと。嫌いな人も、大きい目で見れば、許せる。』(p89)


 ナマコに対して、

 「もっと背筋を伸ばせ」なんて要求したり。

 世界最大の花・ラフレシアに向かって、

 「もっと図体を縮めろ」とか、

 「臭いを出すな」などと指図したり。



 「眼横鼻直」という禅語もありますが、

 これらはいわば、

 「人の両目はタテに並んで、

  鼻はヨコに通ってなければおかしい!」

 と腹を立てるようなもの。



 バカバカしいと思うかもしれませんね。

 が、事実これとまったく同じ仕組みで、

 私たちはありとあらゆる物事に不満を見出し、

 人生を自ら不幸に変えているわけです。

 

 「明明百草頭」――

 現代風に言えば「世界に一つだけの花」でしょうか。



 つまりは「天の配剤に謙虚に気付く」こと。

 それは、人生から苦を抜き楽を与える、

 大きな大きなカギになりえるのです。





 ★今日のフレーズの詳細はこちらをクリック★


 ■こちらもクリックして、人気ブログランキングへの投票をお願いします■


心がスーッと晴れる一日禅語 (知的生きかた文庫)

境野勝悟 三笠書房 2011-07-21
by ヨメレバ


posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年05月29日

女神も悪魔も音が連れてくる



超訳般若心経―“すべて”の悩みが小さく見えてくる」(境野勝悟/三笠書房)より


『幸運の女神も、不幸の悪魔も、
 
 が連れてくる』(p209)




 ↓今日のフレーズが気に入ったら、ぜひクリックをお願いします。

■■人気ブログランキングへ■■
 ↑クリックしたら、もう一度「人生のサプリメントをクリック!
 戻ってきていただけると、すごくうれしいです!




 いわゆる「舌禍」や「口は災いの元」も、

 マザーテレサがいう「言葉に気をつけなさい」も、

 すべては自分自身が口から出す音声、

 広い意味での「音」を御することの大事さを説くもの。



 「声にして喋る」というと、

 こちらから世間・世界に対しての一方通行的な発信、

 と考える向きもあるのかもしれません。



 しかし、やまびこを考えるとわかることでしょう。

 音は、返ってくるのです。

 それも、自分の出した声とは思えない広がりを伴って。

『「訪れ」という言葉は、もともとは、「音+連れ」である。つまり、幸運の女神も、不幸の悪魔も、音が連れてくる、という意味だ。
 人間同士が、日常の生活の中で、会話をする時、心地よい響きをもった相手を思いやる言葉が、相手方の幸福や健康などを増進する。めでたい席を終わらせたくないので、「では、お開きにいたします」など、気がきいている。 』(p209)


 “おとずれ”は”おとづれ”。

 なるほどそういえば、訪れる、訪ねる、

 「訪」の文字はなぜか言偏になっています。

 

 ただそこに向かう、着く、というだけなら、

 足偏あたりでもよさそうなものです。

 言葉を、つまり音声を投げかけてこそ、

 「訪問」は成り立つということでしょうか。



 ふと、「推敲」の語源を思い出しました。

 





 ★今日のフレーズの詳細はこちらをクリック★


 ■こちらもクリックして、人気ブログランキングへの投票をお願いします■


超訳般若心経―“すべて”の悩みが小さく見えてくる (知的生きかた文庫)

境野勝悟 三笠書房 2012-12
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年05月28日

最初のなじみなさから、学びは出発する


超訳 ニーチェの言葉」(白取春彦/ディスカヴァー・トゥエンティワン) より


『わたしたちは

 今愛するものについても、

 同じように最初のなじみなさから

 出発する愛の学びの道を

 たどってきたのである。』(153)




 ↓今日のフレーズが気に入ったら、ぜひクリックをお願いします。

■■人気ブログランキングへ■■
 ↑クリックしたら、もう一度「人生のサプリメントをクリック!
 戻ってきていただけると、すごくうれしいです!




 「出会いは最悪だった」

 で始まる馴れ初め話も、しばしば見聞きするものです。



 最悪だからあとはもうシャットアウト、

 としていたら、馴れ初め話にすらなりませんから、

 その後の交流で、相手の魅力を知っていった、

 という流れにつながるのは明白です。



 この「魅力を発見していく」、

 言い換えれば「次第に愛していく」のは、

 色恋だけでなく、趣味習慣やライフワーク、

 人生のありとあらゆる面での骨格、ともいえます。 
 
『初めて聴く音楽の場合、わたしたちはそのなじみなさを嫌わず、まず最後まで聴く我慢と努力と寛容さを持たなければならない。
 それを繰り返すことで親しみが生まれ、やがては...その音楽が自分にとってなくてはならないものになっていく。
 実は、音楽だけに限らず、わたしたちは今愛するものについても、同じように最初のなじみなさから出発する愛の学びの道をたどってきたのである。仕事を愛する場合でも、自分自身を愛する場合でも、もちろん誰かを愛する場合においてさえも。』(153)


 「自分になくてはならないもの」。

 それは確実に、自分という個性を構成しているものであり、

 ひいてはまさしく自分自身であるといえるでしょう。



 それほどに、今でこそ「馴染んでいる」ものにも、

 最初の「馴染みなさ」はあったわけですから――



 もしも今、「馴染まない」「ありえない」、

 「最悪な」ものに出会っているとしても。

 その印象はそれでOKであると同時に、

 だからとそれをこき下ろし、

 ガードを固めてしまうのも、無粋なのです。





 ★今日のフレーズの詳細はこちらをクリック★


 ■こちらもクリックして、人気ブログランキングへの投票をお願いします■


超訳 ニーチェの言葉

白取春彦 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010-01-12
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ

2016年05月27日

夫が妻を愛するとき、自分自身を愛するのと同じ


超訳聖書 古代ユダヤ賢人の言葉」(石井希尚/ディスカヴァー・トゥエンティワン)より


『夫が妻を愛するとき、

 実は自分自身を愛しているのと

 同じことなのだ。』(176)




 ↓今日のフレーズが気に入ったら、ぜひクリックをお願いします。

■■人気ブログランキングへ■■
 ↑クリックしたら、もう一度「人生のサプリメントをクリック!
 戻ってきていただけると、すごくうれしいです!





 情けは人のためならず、ではありませんが、

 ある意味で、今日のフレーズはそれと似ています。



 人生を明るく幸せなものにしていくのに、

 人々に暖かな働きかけをしていくのは不可欠です。

 逆に、人生を暗く不幸にしていく人ほど、

 周囲に暗く冷たいものばかり投げかけているもの。



 つまり、妻にかぎらず、自分を支えてくれる人々。

 いわゆるパートナーを支え敬い、良い意味で大切にすれば、

 より懇意に、自分を支えてくれる結果になるのは自明です。

自分自身を愛するように妻を愛せ
 夫は自分の妻を、まるで自分の体の一部のようにいたわり、愛しなさい。
 二人は一心同体なのだから、夫が妻を愛するとき、実は自分自身を愛しているのと同じことなのだ。』(176)


 唇歯輔車よろしく、完全に一蓮托生なのは考えもの。

 しかし、相手も自分自身同然に扱うとは、

 それとは一線を画する姿勢でしょう。



 まして配偶者の場合は、間にさらにもうひとり、

 子どもという存在が芽生えてくることも見逃せません。

『あなたと妻との間にある愛の実質は、二人から生まれてくる子どもの人格にも影響を与え、それは実に子どもの将来にまで及ぶものだ。
「妻」とは、次世代にまで祝福を受け継いでいくための同胞なのだ。
 これほど大切な存在なのだから、夫は妻を尊敬しなければならない。』(175)


 「同胞」とは言い得て妙かもしれません。

 「一心同体」で違和感があるなら、

 このように考えてみるのもよいのではないでしょうか。





 ★今日のフレーズの詳細はこちらをクリック★


 ■こちらもクリックして、人気ブログランキングへの投票をお願いします■


古代ユダヤ賢人の言葉

石井希尚 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2012-04-14
by ヨメレバ

posted by せらつか at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のフレーズ